-仁義なき戦い-
監督:深作欣二 出演:菅原文太 金子信夫
いわずと知れた名作であるが、シリーズ中、文太兄ィが主役を張るのはこれのみ。
めし屋できこしめす復員姿の兄ィ(広能)。何の義理も無いヤクザの喧嘩に割り込み、
「俺がやっちゃろうか?」
これぞ「困っている人は助ける」という日本人の美意識のあらわれか。
いや、もとより広能はヤクザ指向で、こんなきっかけを探してたのかもしれない。もしくは玉音放送とともに砕け散った国粋主義のはけ口を探していたのかも。ヤクザってのは商業的な右翼団体だったんだ!(開眼)
このへんは原作に詳しいのかもしれないが、まったく読んでないため独断と妄想で進める。
と、まだピストルの扱いもぎこちない兄ィは無事、酔って日本刀を振り回すチンピラを処刑。この射殺シーンで、あの世界的に有名なSEが流れる。
「♪チャララ〜、チャリラ〜、チャリラ〜、チャララ〜」
もし願いがかなうならば、人生の節目(と思われる場面)でこの音を流してほしいもんだ。
もちろん文太は殺人罪のため投獄される。
ここで梅宮(役名は省略。シリーズ中ひとりで何役もこなすし、複雑な人間関係が余計わかりづらくなるから)と出会い、同じ反省房に入れられた縁により兄弟分の契りを交わす。梅宮の所属団体と、義理立てして入所の原因となった団体(山守組)とは別物なのだが、これが以降の話をより複雑にすることになる。
もし梅宮が山守組の若い衆だったら「仁義〜」はどんな話になっていただろう。早い時期に梅宮とともに山守を隠居させて大組織をつくりあげていたかもしれない。
さて、山守組でプロのヤクザとして修行を積む兄ィだが、血気盛んな年頃ゆえ、客人に向かって
「馬の小便飲まんなら、ほんまの小便飲ましたろか〜」
などと大暴れしてしまい、反省して指を詰めたり詰めた指が鶏小屋まで飛んでいったり
指を詰めたことが無意味だったり、と、どんどん一人前のヤクザになってゆく。
しかし、ゼニを愛する山守(金子信夫)を親として尊敬できなくなった文太は煙たがられ、しまいには命を狙われるようになったために謀反を起こそうとするが失敗してしまう。
「義理とは単なるしがらみで、少々の金で点いたり消えたりするもの」という現実を許容できない文太兄ィが苦悩する、基本的に青春の物語なのだ。
てことは「ヤクザ中学生日記」みたいなものか、と思ったがちょっと違うや。「ヤクザ青春の門」てのはどうか。
また、山守に向かって言ったラストのセリフは、反逆の狼煙としていろんな場面で引用できる。
周りが敵だらけのとき。ケンカに負けたとき。鉄火場で。
「弾丸(タマ)はまだ残っとるがよ」
(あべ)
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